にじり口

 先日神保町の古本屋で買ったユカ坐・イス坐―起居様式にみる日本住宅のインテリア史 (住まい学大系)という本を読んでいるのだけれども、その中に丹下健三さんが自邸について語った一文が引用されていました。

「…もうひとつ私が考えなければならなかった点は、空間の重心をどの高さに置くかということであった。在来の日本の室では、空間の重心は畳の上に座ったときの目の高さにあった。…」
〔『新建築』昭和30年1月号〕

 この“空間の重心”という言葉はおそらく目の高さをあわせたとき、美学的に最もしっくりくる位置を指すのではないかと思います。私もどこかの座敷で立ち上がったとき、何か身体が落ち着かないような感じを受けた覚えがあります。
 この話で思い出すのが、茶室の「にじり口」です。茶道のお点前は座って行うものですから、当然茶室の空間は座ったときに最も美しく見えるよう設計されていることでしょう。そう考えると、あの一見窮屈で不合理にも思える「にじり口」というのは、客の視点を初めから終わりまで丁度良い高さに保つための装置なのではないでしょうか。
 茶室はほんの一畳か二畳の空間ですが、床柱の材や壁土の色、梁の太さや格子の間隔など、驚くほどのこだわりが詰まっているはずです。そしてあらゆる要素を突き詰めて極限にまで空間を磨き上げた設計者にとって、客が空間の重心から離れてしまうことは我慢のならないことだったに違いありません。

 茶室では立ち上がってはならないみたいな作法は無いんですかね。詳しい人がいたら教えてください。